1 概要
昔,北方(現在の「喜多方」の当て字)に,武右衛門という者がおり,会津川の下流に簗をかけ,鱒を取ることを生業としていた。
ある年の晩秋,例により簗をかけていたが,どうしたことか簗が壊されていた。武右衛門は悪童の悪戯と思いながら簗を修理したが,翌日もまた簗が壊されていた。このようなことが幾日も続いたため,腹を立てた武右衛門が,ある夜更けに簗場に来ると,魚が一匹もかからない代わりに,年老いた姥がかかっていた。
驚いた武右衛門が,
「何者だ!」
と一喝すると,
「そういうのは武右衛門か,わしは庄七の母だが,ささいなことで嫁と喧嘩をし家を飛び出してきたが行くあてもなく,さりとて家にも帰れず,思案にあまり川に身を投げたが,こうして簗にかかってしまった。」
と言い泣き出した。
庄七というのは隣村の者で,武右衛門とは懇意の仲であった。武右衛門はすっかり驚き,
「庄七は律義者で村中でも評判の男,嫁御もまた優しい人なのに,何をそんなに言い争った。きっとそれはお前様の年寄りの僻みから出たことに相違ない,俺が一緒に行きとりなそう。」
と,庄七の母を簗から引き上げて簗小屋に入れ,火を焚いて体を温めてやった。
武右衛門は簗の方も気になり戻ってみると,大きな鱒が続けざまに四,五本落ちてきた。武右衛門は大喜びでそれを掴んでは簗小屋に投げ入れていたが,急にゾクゾクと寒気がしてきた。
そして,何気なく簗小屋の中を見ると,庄七の母は目を爛々と輝かせ,武右衛門が投げ入れた鱒を生のままで頭からムシャムシャと食べているではないか。
さては妖怪か,と思った武右衛門は,腰の山刀を抜くが速いか,庄七の母の頭めがけてサッと切りつけると,庄七の母はひらりと体をかわしたため狙いは外れ,肩先にグサリと切りつけた。
ギャーという悲鳴もろとも,庄七の母は闇の中へ逃げ去ったので,武右衛門は宿にしている近くの村へ行き,大勢の人達を呼んでその辺り一帯を探したところ,下流の岩陰に大きな穴があり,その入口におびただしい血が流れていた。
さては,ということでその穴の中を調べてみると,そこには大きな古獺が肩先から切り下げられ死んでいたという。
2 解説
物語の舞台となった「会津川」であるが,現在,福島県内に同名の川が一つ,耶麻郡北塩原村に存在する。
しかし,この川は,檜原湖に注がれている川でさほど大きくなく,鱒が遡上するような川とは思えないこと(ただし,檜原湖にはサクラマスがいるとのことなので,必ずしも遡上しないとは言えない。),檜原湖の成立が明治時代のこと(ただし,この話がいつの時代の話かまでは不明),などの理由から,正直なところ,同一性の点については確証はない。
さて,現在では絶滅したとされる獺(ニホンカワウソ)であるが,理由はよく分からないが,古来より人に化けて悪さをするとされており,狐や狸と並ぶ,比較的メジャーな動物である。