1 概要
古坂下の台ノ宮にある御稷神社の境内は,昔は昼なお暗い森林で,森の中にはたくさんの狐の巣があった。
その中には弥十郎という女に化ける狐が住んでおり,周囲の男達はよく騙され,頭を丸坊主にされていた。
ある時,青年らは,頭を坊主にされなかった者には望みの品をくれるこという賭けをした。
そこで,ある青年が森を訪れ,狐が出るのを待っていたところ,突然,目の前に美女が現れた。
青年は様子を見ていると,その美女は馬の沓の紐を取り出して肩にかけると,たちまち沓が赤子に変わり,オギャ,オギャと泣き出した。
青年は,いよいよ自分を騙す気か,と見ていると,美女は青年に見向きもしないで歩き出したのでその後を付いて行くと,程なくしてある家につき,その美女はその家に入り,両親と思しき人物と話し始めた。
障子の破れ目から覗いていた青年は中に入り,
「その女は狐が化けた者だ,俺が御稷神社の森から付けてきた。」
と注意したところ,親父が大変怒り,
「人の嫁にけちをつけるとは許せぬ。」
と青年を捕まえて散々に打ちのめした。
その時,僧が通りかかり事情を聞いた後,
「人の嫁に難儀を付けるのはよくない,御詫びに私の弟子になりなさい。」
と言われ,青年は進退窮まり弟子入りすることになった。僧の弟子だから頭を剃ることになり,すぐその場で頭を剃られたが,それはとても痛かった。
頭を剃られた青年は,頭が寒かったので頬かむりをして僧の後を付けて歩いたら,いつの間にか仲間の前に来ていた。
仲間達からは,
「どうした,騙されなかったか。」
と聞かれたので,青年は,
「騙されてはいない,俺は狐が女に化けたのを見破ったが,騙された男に散々打たれた。」
と言ったところ,さらに仲間達から,
「その頬かむりはどうした。」
と聞かれ口ごもった。そこで,別の青年が背後に廻り頬かむりを取ったら。でこぼこ頭の丸坊主で,所々にむしり残りの毛が残っていた。
2 解説
「古坂下(こばんげ)」とは昔の呼び名のようで,現在も一応残っている呼び名のようである。
また,御稷神社はJR磐越西線会津坂下駅の東北東約800mに現存する神社である。
上記の話は昔話の中でよく聞くタイプのもので,似たような話に,人を化かす狐を退治しに赴き,そこで遭遇した女性や赤子を狐の化身だとして殺したが正体を現さなかったためにほかの者から責められ,仕方なく仏門に入る(頭を剃る)が,実はそこまで狐に騙されていて頭を剃った,というものである。
しかし,上記の話を読み解くと,一匹の狐で事をなした訳ではなく,複数の狐で人々を騙したように思われる。