1 概要
昔,高寺山に天邪鬼が棲んでおり,この付近一帯を我が物顔で飛び回り横暴に振舞っていた。
ある年のこと,同山西麓にある大原(喜多方市高郷)の村人が天邪鬼の横暴を抑えようと,峰裾に熊野神社を鎮守様として勧請することにしたところ,天邪鬼は大いにへそを曲げ,一夜のうちに新造したばかりの神殿の四方の囲いを破壊した。村人が修理をするとまた天邪鬼が壊してしまった。
こんなことを繰り返していたため,仕方がないのでそのままにしておくと,今度は天邪鬼はご神体の石を持ち出し外に捨ててしまう。村人達が頭を悩ませていたところに,巡錫中の弘法大師が訪れたので,村人は事情を話すと,弘法大師は石灯籠に蛙と蝉の姿を彫りつけてなにやら経文を唱えると,石に彫られた蛙と蝉は,あたかも生きているかのように動き出し鳴き始めた。
これでもはや天邪鬼は来ないと告げて弘法大師が立ち去ると,村人は大喜びをし,村総出で餅をつき,神前に供えた。この時ついた餅を「クマノコモチ」と呼んだという。
熊野神社は現存し石のご神体が祀られている。神殿も柱だけで,周りの囲いはない。
また,石灯籠は明治になり再建されたものだが,故事にならい蛙と蝉は彫られている。
2 解説
天邪鬼は妖怪の一種で,悪鬼や小鬼ともされている。元々は,記紀(古事記・日本書紀)に登場する「天探女」がルーツとされ,それがやがて,人の心を読み取り反対にいたずらをしかける小鬼に変化した,とされている。
なお,昔話「瓜子姫」の中でも登場する妖怪でもある。