1 概要
伊達郡桑折町にある半田銀山は,かつて佐渡金山,石見銀山とともに日本三代鉱山と呼ばれた程の存在で,慶長3年(1598年)頃より,当時この地方を治めていた上杉景勝の手により本格採鉱が開始,その後幕府直営の鉱山となり,明治時代にかけてその隆盛を極めたという。
しかし,時代の流れとともに鉱床が掘りつくされ,昭和25年(1950年)にはついにその歴史に終止符が打たれた。
長い歴史を持つこの半田銀山であるが,噂によると,遊び半分でこの地を訪れると「何者か」に憑り付かれることがあるのだという。
また,稀にではあるが,自殺者が発生するといわれている。
2 解説
かつての坑道は現在封鎖されており,安易に訪れることができない場所であり,そのような意味でも「遊び半分で」この地を訪れることははばかれよう。
さて,鉱山というものは,歴史には残らないもののその長い歴史の中で多くの鉱夫達が事故に巻き込まれ非業の死を遂げたことは想像に難くない。
また,事故だけではなく,不法に掘り出された鉱石を持ち出したなどの罪により死罪に処せられたケースも存在したと思われる(鉱山近くに処刑場が存在していた可能性は否定できない。)。
近くの半田沼ともども,安易に訪れてはいけない場所のようである。