旧仲哀随道は,田川郡香春町と京都郡みやこ町をまたぐ仲哀峠にあるトンネルである。
ところで,同峠には現在3種類のトンネルがあるようで,
①明治22年(1889年)完成トンネル(旧仲哀随道)
②昭和42年(1967年)完成トンネル(新仲哀随道)
③平成19年(2007年)完成トンネル(新仲哀トンネル)
に便宜上分類することができ,今回の話の主役となるのは上記①である。
現在,旧仲哀随道は落盤の恐れがあるためガードレールで封鎖され通行することはできないのだが,歴史的に貴重な建造物であり,国の登録有形文化財にも指定されている。
ところで,この旧仲哀随道付近では,いくつか事件や事故が発生したとされている。
まず,昭和38年(1963年),集金中の日本専売公社社員が同随道付近で殺害される事件が発生した(なお,加害者は複数の人間を殺害しており,最終的に死刑判決を受け執行されている。)。
また,昭和10年(1935年)頃,この付近でバスの転落事故が発生したともされているほか,周辺では自殺者も出ているのだと言われている。
そのためだろうか,同随道は心霊スポットであると地元では認識されているとのことで,幽霊の目撃談や肝試しに訪れた者が原因不明の体調不良に陥るなど,不可解な噂が絶えないのだという。
なお,一説には,新仲哀トンネルにおいても,親子連れの幽霊の姿が現れるとされているのだという。
この峠全体に何かしらのいわくがあるのだろうか。