1 概説
鶴ヶ城郭内の馬場口東側に,加藤明成の士で平田庄五郎という500石取りの武士が住んでいた。庄五郎の老母は大変な猫好きで,孫子よりも猫を可愛がっていた。ある日,老母が諏訪神社を参詣しての帰り,閻魔堂の松原で一匹の赤猫を拾った。その後数年,赤猫は飼われていたが,ある時急に姿を隠してしまった。
老婆は赤猫がいなくなった頃から急に眼を患い,明るいところには出たがらなくなった。親孝行な庄五郎は心配し医者に診てもらうよう勧めたが,老母は頑なに断り,ただ一人暗い部屋に閉じこもり,食事も皆と済ませなくなった。やがて,今度は二人いた下女までが姿を消し,その行方を捜したがようとして消息がつかめなかった。
ある日,下男が裏の畑を耕していると,畑の中から行方不明になった下女の着物と二人の白骨が出てきた。しかも着物は朱に染まり食いちぎられていた。驚いた下男は庄五郎に伝えようとすると,どこからともなく老母が現れ,下男の持つ衣装を奪い取り,「この衣装,白骨のこと,庄五郎には絶対伝えるな,伝えればお前も食い殺す。」と下男をにらみつけた。驚いた下男は仮病を使い暇を取り,早々に出て行った。
その頃から,庄五郎の老母は猫又だ,という噂が流れた。ある朝,平田家の南隣に住み梶川市之丞という100石取りの武士が,遠乗りをしようと馬を引き出していると,平田家の門はまだ開いていないのに,老母が塀をひらりと飛び越えて出てきて,前の清水で血みどろの口をすすいでいた。そこへ,興徳寺の前に住む山高忠左衛門という400石取りの武士の飼う黒犬が飛び出し,老母の左腕に噛み付いたところ,老母は驚きながら犬を振り放し,すぐさま塀を飛び越えて屋敷の中に逃げ込んだ。
市之丞はこの有様を見て,諸人が噂するように庄五郎の母は猫又が化けているのに違いないと思い,その夜,庄五郎を家に呼び,今朝見たことを話すと,庄五郎は「それこそ猫又の仕業に違いない,母は常々後生を願い毎朝夕仏へのお勤めを欠かさずにいたが,昨年夏より仏壇に香花を手向けることなく,毎日暗い所にいて私と対面しない。猫は一日に十二回瞳が変化するというから,それで明るい人前には出ないのだろう。」と言い,梶川家を辞すと,屈強の犬四,五匹を集め,それを一斉に老母の部屋に放つと,犬どもは吠えながら老母目掛けて襲いかかった。
すると,老母は忽ち叫び声を上げ,ついに猫又の正体を現し,犬と格闘を始めたが多勢に無勢,犬どもに噛み殺されてしまった。
赤猫はまたの名を金化猫といい,古くなると化けるため,長く飼うものではないという。
2 解説
猫が飼い主を食い殺し化けるパターンの話はよくあるところである。赤猫というのは,いわゆる茶トラを意味するのだろうか。