1 概要
昔,毎年秋になると,桧枝岐村に鰹節を売りにくる,鰹彦四郎という商人がいた。
その年も,いつものように馬を引き訪れると,途中,険しい山道の松林の中から山姥が現れ,彦四郎に鰹節を一節くれろと言った。彦四郎は仕方なく一節くれたが,山姥はそれを一口で食べ,さらに一節くれろと言った。彦四郎が再度鰹節を一節くれると,また一口で食べ,さらに一節くれろと言う。
こうしたやりとりを繰り返しているうちに,売り物の鰹節を全て食べられてはかなわないと,馬の手綱を引いて道を急ぐ彦四郎の後を山姥はしつこく後を追いかけてきた。さすがに腹をたてた彦四郎は,「あとはくれられない」と怒鳴ると,山姥は「そういうなら,お前を頭から塩をつけて食う。」と凄み,今にも飛び掛ろうとしてきた。
さすがに彦四郎も君が悪くなり,荷も馬も投げ捨て村を目指し逃げると,山姥は馬も荷も皆塩をつけ食べ,次は彦四郎を追いかけてきた。山姥は足が速く,捕まりそうになった彦四郎は松の木に登った。それを見た山姥は,「彦四郎,どうやって登った?」と聞くと,彦四郎は「服の袂に石をいっぱい詰めて登った。」と教えると,果たして山姥は袂に石を詰め込み登ってきたので,彦四郎は山姥の手が木の枝にかかった時,腰にした鉈で枝を切り落とした。すると,山姥は下の川に落ち,そのまま浮いてはこなかった。
木から降りた彦四郎は村へ向かったが,生憎村に着かないうちに日が暮れてしまった。ふと見ると,遠くに小さな灯りが見えたので,その家に向かい戸を叩くと,中から綺麗な少女が出てきた。彦四郎は少女に事情を説明すると,少女は,「お泊めしたいが,ここは山姥の家だ,山姥が帰らないうちに早く村に逃げて欲しい。」と気の毒そうに言った。彦四郎は,山姥が川に落ちた事情を話すと,少女は安心して中に入れてくれた。
彦四郎山姥の娘には見えない少女と話をすると,少女は小さい時に山姥にさらわれてきたという。また,少女は,用心のため,彦四郎を天井裏に寝かせてくれた。
すると程なくして,山姥が家に帰ってきた。少女は囲炉裏に火を焚き夜食の餅を焼くと,山姥は神様に捧げるため囲炉裏の鉤に餅を吊るし,自分も食べ始めた。彦四郎は山姥の隙を見て,鉤に吊るした餅を食べると,山姥は「今日は神様も腹が空いているのか,よく食べる。」と,また餅を鉤に吊るした。
そのうち,山姥も彦四郎も腹がいっぱいとなり,山姥は,石の唐櫃に寝るか,木の唐櫃に寝るか迷い,結果木の唐櫃に寝ることにした。山姥が寝たのを見計らった彦四郎は,天井裏から降りてきて,少女と二人で唐櫃にふたをすると,錐で穴を開け,そこから熱湯を注ぐと,山姥は苦しんだが,やがて静かになった。
翌朝,唐櫃を開けてみると,中には黄金と美しい着物がいっぱい入っていて,山姥は死んでいた。彦四郎と少女は夫婦となり,長者のような暮らしをした。
2 解説
この話は,「鰹彦四郎」という昔話として広く伝わるもので,伝承・伝説とは若干毛色の違う話ではあるが,参考までに記載しておく(なお,地元のニュースでこの「鰹彦四郎」の昔話をベースにした劇を南会津地方で創作したという話を聴いたことがある。)。