福島県心霊スポット情報

福島県心霊スポット情報

福島県内の心霊スポット(全国に拡大予定、まずは東北から。)の概要とその情報について,霊感ゼロの四十雀が独断と偏見を交えつつ解説したいと思います。

国府台城(千葉県)

 国府台城は千葉県市川市にあった標高約20~30m程の河岸段丘上に築城されていた平山城である。

 同城は,文明11年(1479年)に,山内上杉氏家宰・太田道灌の弟・資忠がこの地に築いたものと言われている(前年には道灌が同地で仮陣を築いたり,さらに以前には別の城が存在していたのだという。)。

 この場所は要衝で,それ故,周辺の有力勢力である北条氏,千葉氏,里見氏,上杉氏等が熾烈な争いを繰り広げられていた。
 特に有名なのが,北条氏と里見氏をはじめとする諸勢力で繰り広げられた国府台合戦で,天文7年(1538年)の第一次合戦,永禄6年(1563年)及び翌年の第二次合戦が繰り広げられた。

 このうち,第二次国府台合戦においては,里見氏約1万2000,北条氏約2万の兵で繰り広げられた。
 当初,里見氏が優位に戦いを進めており,北条氏が撤退したのを見て,里見氏は気を緩め兵士達に酒を振る舞う。
 しかし,撤退したと見せかけた北条氏は夜襲を敢行,里見氏は大混乱に陥り大敗,約5000もの戦死者が出たのだという(北条氏もまた,約3000もの戦死者が出たと言われている。)。

 ところで,この戦いにおいて,里見氏の一族・里見弘次は北条氏家臣・松田藤吉に討ち取られてしまう。
 この悲報を聞いた弘次の末娘(当時13歳とも)は父の霊を慰めるために戦場を訪れるものの,そこは死屍累々とした凄惨な情景が広がり,ついには傍らにあった石にすがり泣き続け,そのまま息を引き取ったのだという。

 その後,この石からは夜な夜な悲しい泣き声が聞こえるようになり,村人はいつしかこの石を「夜泣き石」と名付けたという。

 現在,この夜泣き石は,国府台城跡に昭和33年(1958年)に造られた里見公園に置かれている(なお,夜泣き石はある侍が供養したところ,泣くことはなくなったとも。)。

 ところで,里見弘次という人物は,一説には,第二次国府台合戦の際に初陣したばかりの15歳の少年だったとも言われており,もしかすると合戦で討死をしたのは別の里見氏の人物なのかも知れない。