1 概要
明治維新前後の頃の話である。
当時の桑折町には「松嶋屋」という妓楼があり,ある者が宴を張り,夜半に酔い厠に行くと,そこには一人の女性がいた。よく見ると店の娼妓に間違いないが,その顔は猫であった。
この者は驚き,次の戸を開けてみるとそこにも猫面女身の怪物がおり,結局厠に入れず引き返すと,その者を心配し様子を見に来た敵娼に会い,その着物に触れると,絹布の柔らかい感触が不気味に思われたか,その者はそのまま気絶し,妓夫や女中の介抱でしばらく後に息を吹き返したのだという。
その後調べたところによれば,かつて松嶋屋では,病気に罹った娼妓を厠の傍らの薄暗い部屋に寝かせ,親切に看護もせず医薬も与えず放置し,その娼妓はあまりの仕打ちに店の人を恨み,自分の運命を呪い憤死したのだという。
そして,娼妓死亡後,その部屋からは深夜に女の忍び泣きの声が洩れたり,真っ暗な廊下に島田髷の女が笑っていたことがあったというが,猫の顔の幽霊が厠に現れたのはこれが始めてなのだという。
後,松嶋屋ではその娼妓のために盛大に法要を行ったところ,怪異は現れなくなったのだという。
2 解説
明治維新前後の話で,約100年以上前の話である(その時代であれば,桑折町に妓楼があっても不思議ではないと思われる。)。
ただし,残念ながら「松嶋屋」が現在のどの辺りにあったのか(街道沿い等に存在していたのだと思いたい。),詳細は定かではない。
また,何故この娼妓は猫の顔で現れたのかも不明である(江戸時代の吉原などでは遊女が猫を飼うことがあったと聞いたことがあり,もしかするとこの婦妓も猫を飼っていた,それが関係している,等という推測はできる。)。