1 概要
南会津郡南会津町和泉田から辰巳(南東)の方角,南会津郡只見町内には「辰巳山」という山が存在するが,この山の麓の沼の畔にとても欲深い若者がおり,女房をもらうと飯を食べる,という理由で,いつまでも独身で炭焼きをしていた。
ある年の春,若者の元に,飯を食べないから女房にしてくれと言う一人の美しい女が現れた。若者はその女が飯を食べないと言い,また,美しいこともあり,女房にすることにした。
そして,しばらく生活しているうちに,女は子供を身ごもったが,女は若者に対し,節穴の一つもない板で産屋を造り,その中に水を汲んだ盥を置き,誰も近づけないよう懇願した。
若者は,お産なのだから何もそれ程までに恥ずかしがることはあるまいと思いながら,女に内緒で節穴を一つだけある板で産屋を造り,ある日,こっそりと産屋を覗いたところ,産屋の中では一匹の大蛇が盥の周りを幾重にも巻いて,尻尾の先で赤子に水を掛けていた。
これを見て驚いた若者は,怖さも半分手伝い,素知らぬふりをしていた。
やがて,大蛇は元の美しい女の姿になり,赤子を抱きながら産屋から出てきたが,男に,見られたくなかった正体を見られた以上この家には居られない,この赤子を育てて欲しいと告げた。
男は驚き,家に居て欲しいと懇願したが女は聞き入れず,ただ自分の片目をくりぬき,この赤子は人間であること,もし母親を恋しがるようなら,この目玉を舐めさせれば健やかに育つ旨告げると,沼の中に姿を消した。
男は女に言われたとおり,赤子がむずかるときには目玉を舐めさせて育てていたが,ある日,山に木を伐りに行った際,不注意から目玉をなくしてしまった。そのため赤子はとうとう育たず,しかも,それからというもの,毎年夏になると辰巳颪が吹くようになり,和泉田の人々は暴風雨に悩まされた。
困り果てた人々が相談した結果,この暴風雨は沼に棲む龍神の祟りと言うことになり,龍目の権現の祠を建てて祀ったところ,それから辰巳颪は和らいだという。
なお,龍目の権現は,現在も和泉田神社の境内の中にあるという。
2 解説
人外の者が女身に転じて妻となり子をなし,決して産屋を見てはいけないと告げたのに男がその約束を守らず正体を見られ,結果子を置いて妻が去るという話は昔話にはよくあるパターンである(子が育つパターン,育たないパターンそれぞれがある。)。
ただ,昔話では,具体的な場所が特定されていないケースが多いが,今回の話は起きた場所が特定されている珍しいケースである。