1 概要
本二ノ丁三日町通り東角に辰野氏が住んでいたが、同人の屋敷は昔から怪しい事があると言われていた。例えば、座敷の庭の松の木から提灯程の光る物が、特に雨の夜や月のない暗い夜には必ず出ると言い、人通りもなくなった。
ある正月のこと、辰野氏の屋敷で日待ちの行事に、片原町に住む大慶院という山伏を昼から招いた。宵のうちは、家の人や近所の者が集まって賑やかに過ごしていたが、夜も更けてきたので、山伏殿も少し休んでくださいと言って、集まった人々は思い思いにその辺に横になって寝た。
しばらくして山伏は目を覚まし、もはや夜更けになったようだ、お勤めをする頃であろうと立ち上がった。ところが灯りは消えて真っ暗闇、初めての屋敷なので座敷の様子も分からず、手探りで壁を伝わり立ち上がったが、その壁は物凄い毛が生えていて鬼のようであった。
山伏は怪しく思い、どうしたものかと段々に手を刺し伸ばして探ってみたが、どこまでも毛の生えた所である。この時、山伏はわっ、と叫び倒れてしまった。
その声に、辺りに寝ていた人々が驚き起き、手燭を付けて集まってきた。気絶している山伏に薬を含ませ水を与えたので、山伏はようよう息を吹き返した。人々は山伏にどうしたのかと尋ねると、山伏は訳を答えた。
そのうち夜が明けたので壁を見てみると、熊の皮のあおりが二さし掛けてあったという。山伏はこれに触り、化け物と勘違いし気絶したのであろう。この家に化け物が出ることを前から聞いていたので、驚きも大きかった訳である。
2 解説
最初は光物(人魂の類いか?)が現れる、という話であったのが、最後は単なる毛皮を化物と見間違えた、というオチの話である。人間は、怖い怖いと思っていると、かえって何でも怖い物に見えてしまうものであるが、この話も、そのような説話的意味が含まれているものなのかも知れない。