1 概要
時代は定かではないが,昭和村の大岐という所に老夫婦が住んでいた。子供のない夫婦はいつの頃からか猫を飼い,その猫もいつしか何歳か分からぬほどになっていたが,時折山に行き,山鳥や兔を咥えてくるため,二人は大層喜び可愛がっていた。
ある年のお盆,小野川本村に芝居がかかるとのことで,老爺は泊りがけで出かけたが,老婆は体が弱いこともあり家で留守番することにした。しかし,これといって何もすることもなく,早々と床に入るがなかなか寝付けず,仕方なしに猫相手に「爺さんは今頃どんな芝居を見ているか,自分も見たいなぁ。」と話をしていたところ,猫は隣の部屋に入り、「婆さん,芝居がそんなに見たければ、これからその芝居をお見せ申す。」と言ったかと思うと,障子戸に芝居の影が映し出され,様々な芝居を見せてくれた。
やがて夜も明け芝居が終わると猫は,「婆さんが一人であんまりさびしそうにしていたから,芝居を見せて慰めてやったが,今夜のことは決して爺さんに話さないように。」と言った。老婆もなまら返事で頷き,昨夜のことを内緒にすると約束した。
次の日,老爺が帰宅し,晩になり小野川の芝居のことを語ると,老婆もつい話に乗り,昨夜の猫の芝居のことを話してしまった。これを聞いた老爺は,「そんな猫を飼っていたら,この先どんな化け猫になるか分からない。」と,翌日猫を捕まえると箱に入れ,前の川に流してしまった。
しかし,不思議なことに,猫を入れた箱は川下へは流れず,逆に猫が鳴きながら川上へと流れて行き,そのまま猫は川上の岩山に上り,大辺山に住み着き,やがてカシャ猫になってしまったという。
2 解説
この話は,現在の大沼郡昭和村大字小野川(大岐沢?)付近が舞台の話と思われる(なお、調べてみたところ、同村には「猫沢」という沢がある。何らかの因縁を感じてならない。)。なお,大辺山とは,現在の志津倉山のことで,大沼郡昭和村,同郡三島町,河沼郡柳津町の三町村にまたがる険しい山である。
カシャ猫は「火車」または「化車」と書き,全国的に伝承のある妖怪である。葬式や墓場から死体を奪う妖怪とされ,年老いた猫がこの妖怪に変化するとも,猫または正体だともいう。
上記のカシャ猫も,葬式の時には死体をさらうといわれており,地元の人達は葬式をする際には,カシャ猫に知られないように,鉦や太鼓は使わず,真夜中に葬式をすませるという。